++++慎二さんと瑞波のお話++++
彼に初めて会ったとき、なんて幻惑的な美しい造詣をした人なのだろうと思った。

「宇佐美さんだ。○○師がご紹介くださったのだよ」
父が懇意にしている同業の画家の紹介だと言うのだから、
年若く見えるけれど、腕は確かなのだろう。
磁器のように透き通った肌。光の反射によっては深い湖のように藍く見える瞳。
知らなければ、今日のモデルは彼のようだ。

「姫川画伯。今から私がご用意しますから、画伯もご準備を…」
「えぇ。そうですね、よろしくお願いします」
父はそう言って、部屋を出て行った。

タダでさえこの狭い部屋がしんと静まり返って、息苦しい。
そうでなくても、今日の僕はとても緊張していた。

「縛られるのは初めてか?」
静けさを破って、宇佐美と呼ばれた男は口を開いた。
「えぇ。……初めてです」
今まで、父のモデルは幾度となくやってきたが、
今回のようなことを頼まれたのは初めてだった。
「そうか…。こちらへ」

僕は言われるままに、宇佐美さんの傍に寄った。
顎をとられ顔を覗きこまれる。
「似ているな。…お前、画伯の子だろう」
「…はい」
父を知っている人はみなそう言った。
そのくらい、僕と父は瓜二つだった。

「悪趣味だな。己と同じ顔をした人間の縛られた姿を描きたいなど…」
宇佐美さんは喉の奥でククッと笑った。
「父を悪く言わないでください!」
父の悪口を聞くのは、自分が貶されるよりも腹が立った。

「あぁ…すまなかった」
笑うのはやめたが、まだ唇には皮肉げな薄笑いを浮かべている。
「芸術とは得てして悪趣味なものだ」
その言葉にも反論したかったが、上手い言葉が出てこない。

「さてと。…そろそろ用意をするか」
宇佐美さんは僕の腕を取り上げた。
薄べったい着物の袖がするすると捲くれて、内腕が露わになる。
「直接縛って長い間放置すれば当分、跡が残ると思うが…良いのか?」
「…えぇ、大丈夫です」
それは覚悟している。体育の授業などはたぶん見学だろう…。
「そうか」
用意していたらしい紅い紐を、身体に二巻きほど巡らす。
白い着物の上に真紅の紐。
鮮血のようにも見えた。

しばらくの間、室内には無言で着物や紐の擦れあう音だけが続く。
おもむろに宇佐美さんが口を開いた。

「下着を着けていないのは、お前の趣味か?」
息が掛かるほど間近に身体を寄せていた。
宇佐美さんの口唇が冷笑を含んで皮肉げに歪められるのは、見なくても空気で伝わってきた。
「ちが…います…。父が…」
つけないで欲しいと…、お願いされたのだと消え入るような声で言う。
上気した頬が熱い。
「そうか」

ススッと着物の裾が持ち上げられて慌てる。
「縛れば……お前の恥ずかしい部分も見えてしまうと思うが」
拒絶するように、内腿をきゅっと締める。しかし

「…い…いです。構わず縛って…ください」
「…そうか」
宇佐美さんの指が内腿に伸びた。
「っ!…でも…できることなら…見えないよう…」
我慢できずに出てしまった言葉に、ククッとこの人の癖なのだろうか。
喉の奥で笑って、
「分かった」
と答えた。
僕はホッと安堵の息を洩らす。

「しかし、こんな薄い着物では着ているのだか分からないな」
続けられた宇佐美さんの言葉はあえて無視した。
見えなければ平気だ。
心もとない着物の裾に不安げな自分に言い聞かせる。

「後は、画伯のいる大部屋で仕上げる」

宇佐美さんは、両手の使えないバランスの悪い僕の身体を支え、
父の待つ大きな部屋へと連れて行った。

父はもう用意を終えて、待っていたらしい。
「あぁ…素晴らしいね」
うっとりとした目で僕を見る父の目は、もう息子を見る目ではなく、被写体を見る眼差しになってる。
「お褒めに預かり光栄です。…仕上げをしましょう」
宇佐美さんは、僕は部屋の中央に横にならせると、僕が身動きがとれない様、足を括ってしまった。


瑞波。

「痛いところはないか?」
「……大丈夫です」
腕の良い緊縛師と紹介されただけのことはある。
計算し尽くされた縄の型が、身体になるたけ負担の掛からないよう張り巡らされ
強く抱き締められているかのような圧迫感が全身を覆う。

「忠告しておく」
縛り終えて、宇佐美さんが僕の傍を離れようとした瞬間、
乱れた着物の裾を直す素振りで、僕に耳打ちした。
「発情するな。
隠しはしたが…こんな薄い布では勃起させたら透けるぞ」
「っ!!」

両手が使えたのなら、引っ叩いていた。
しかし、身動き一つ封じられた状態では、ただ睨み付けることしかできなかった。
宇佐美さんは憎たらしく笑うと、僕の視界の向こうに消えて行った。

「では始めますよ」
父が声を掛けた。
部屋の空気が変わる。
父の他に、父のお弟子さんが二名ほど。
それから宇佐美さん…。
緊張した空気の中、筆を走らせる音しか聞こえない。

それなのに…。
僕は離れ際に宇佐美さんに言われた言葉が気になって仕方がない。
(集中しなくちゃ……)
そう思えば思うほど、突き刺さるほどに厳しい視線が気になる。
父は今何処を見ているのだろうか…。

「…っは…ぁ」
大きくついた吐息が、思った以上に部屋に響いて、慌てて口を噤む。
イヤらしい声のように思えた。
細くしか吐くことのできない息が苦しい。
発散できない熱が身体の中に篭っているみたいだ。

「瑞波…動かないで」
無意識に不自由な身体で身じろいでいたらしい。
父が静止をうながす。
じっとしろと言われるほど、縄が締まって下半身を中心にジンッとした痺れるような
むず痒さが身体を支配する。

気を紛らわせるように視線をそらすと、弟子の一人と目が合った。
(…このヒトは嫌いだ)
父の手前丁寧な言葉で接されるが、女みたいな顔をした僕に態度は慇懃なのだ。
今も食い入るように唇にニヤニヤと、気味の悪い笑みを浮かべて僕を見ている。
見るんじゃなかった。
僕はすぐに視線を反らした。

見なくても…視線というものはなぜ、実態もないのに、こんなに身体に
突き刺さるように痛いんだろう。
(父さんは……どんな目で僕を見ているの?真剣な目?それとも…)
見えないので、殊更に気になる。
ただ、視線を感じた部分が熱を持ったように熱い。
薄いカーブをえがく胸。不自然な形に折り曲げられた太股。
その間の…今はもっと熱を持っている部分。
宇佐美さんの『こんな薄い布では…』という言葉が何度も頭に響く。
父は気がついているのだろうか……。
先ほどからジンジンと熱を持ち、勃ち上がりかけているモノを。
触ったら、もうヌルヌルとした分泌液が指先を濡らすだろう。

そんな背徳的な妄想に、思考を支配され
限界まで追い詰められたときだった。

「画伯、一時休憩にいたしましょう。
長い間拘束するのは身体にも毒だ…」
宇佐美さんが声を掛けた。


つづく